浄土真宗の真実信心

浄土真宗の真実信心を求めて
〜そして巡り会った親鸞会〜

生死の苦海ほとりなし
久しく沈める我等をば
弥陀弘誓の船のみぞ
乗せて必ず渡しける

父の求道と「宝の玉」

 父が仏法を聞くようになったのは、20代ぐらいだったそうです。親から「寺には必ず宝があるから、その宝をつかんで帰らないと生きた所詮がないよ」と何度も言われたことがきっかけだったようです。

 ちょうど、手次の寺の住職が近い年代の人で、しかも他の寺と違って「信心」の話をするので、意気投合。いつも二人で議論をしていました。

 山間の田んぼでほそぼそと農業を営み、しかも家は大所帯。生活は貧しかったですが、父は聴聞を欠かすことなく、台風でどんなに吹き荒れようとも、法話があれば参詣していました。ある時は、荒れた天気で布教師すら来ておらず、寺の門は閉じられていたということもあったそうです。自分の聞法求道について、父は次のように書き残しています。

 今世に生まれて来て聞けば、今世に宝があるそうな。その宝は何処にある。幼い時に父にも聞いた母にも聞いた、その宝欲しさに若い時からお寺に参りて聞けど探せどさらになし。これが宝と頂いて帰りて見れば中は空。これでは駄目とまた参り、今日こそ本当の宝の玉を拾って帰らねばならんと一生懸命に御講師様のお顔に穴のあくほど心に聞き、有り難きご法話を頂き、有り難い有り難いこれで間違いなしにお浄土の御蓮台に置いていただけると喜び喜び帰りてみてもまた空だ。あの喜びは何処へか逃げた、明日もまたこの通りお座のあるたびにお参りしては聞き、あずりあずりて何十年の年を経た。

 親の言っていた、「寺にある宝」とは何なのか、また我が身の後生はどうなるのか、そのまま寺に何十年も続けて聴聞に通い続けました。


父がよく通った寺は
今はさびれて法話もほとんどない

 

 そんな父が、体調を崩して、入院してしまいました。原因は盲腸でしたが、手術がよくなく、傷が化膿して、もうどうにもならなくなったのです。
「もう駄目だから、これで命はないから」 と父を含め誰もが思うほど容態は悪化。父は、「まだ宝を獲ていない」と、妻(私の母)に浄土真宗の本を読ませ、それを必死に聴聞していたそうです。

 ところが、不思議なことに病状は回復。しかも、病気だけではなく、父の言動までガラリと変わってしまったのです。一体何事が起きたのだろうと思いました。

 やれやれ嬉しや嬉しや、今世の宝の玉を拾いもって行きますお浄土へ。命の先短くひかえて聞かなければ、本当の宝の玉は拾われませんよ。南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏の掛け声で、進むは浄土よ仏の国だよ、間違いなしに御蓮台へ座らせて下さる事とは。みんな心の内の喜びは申すに申されず書き尽くすことはできません。
 子供よ子供よ、こいよこいよお浄土に。父の住家はここだぞよ。道を違えたら乗られないぞ。かわいい我等が苦しむ姿を見てはおれんぞ。私はお前らが今世にいる内、一日も一時間でも早く宝の玉を探しあて、私の所へ来てくれよ。それも知らずに長縄なえておっては、この父はやるせなくてやるせなくて見てはおれないぞ。一時も早く聞いてくれよ。父の一生の頼みです。親に孝行思うなら、早く御法に目をさまし早くお慈悲を頂けよ。御仏様は罪造りのお前らを第一のお客だといって下さるから、罪があってもおそれずにそのまま救ってやると言って下さるのだから。「ああ、そうでありますかいなあ」と受け取るのではないぞ。頂けば阿弥陀様の心、阿弥陀様の心が私の心に入って来る、お念仏を頂かせてもらったら、自分でも分かるよ。
 思い出しては御礼報謝の南無阿弥陀仏、先の不安がなくなるよ。命終われば息の切れ場がお浄土よ、御仏様の守り通しだ。仏の悟を頂いて蓮のお座に座らせてもらえるとは思い出してはお念仏お念仏。今の世に居るうちからも喜び喜びの日暮しさせて頂けるので、どうぞどうぞ早く聞かせて頂いて、私のところへ来てくれよ。あなたらが来るのを半座あけて待って居る。今度は別れることのない長く長く限りない仏の日暮らしさせて頂きましょうで。

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もくじ

はじめに
墓石に刻まれた言葉
父の求道と「宝の玉」
「信」の話を求めて訪ね歩き
姉の信仰と死(1)
姉の信仰と死(2)
そして父にも病魔が襲う
寺の法話に参詣するものの
親鸞会との出会い
親鸞聖人のお言葉