浄土真宗の真実信心

浄土真宗の真実信心を求めて
〜そして巡り会った親鸞会〜

生死の苦海ほとりなし
久しく沈める我等をば
弥陀弘誓の船のみぞ
乗せて必ず渡しける
父が必死に伝えた親鸞聖人のお言葉を通して、是非知って頂きたいことを記します。

姉の信仰と死(1)

 私には、忘れられない二人の姉がいます。その一人が静枝姉さんです。

 静枝姉さんは、仏法を話す父の姿を大変尊敬していました。
「一生懸命、仏法を説いてくれるのは、お父さんだけだわ。だから、みんなちょっとずづお金を出して、今流行っているテープレコーダーを買ってこよう」と言って、父の声を録音するほど熱心に聞いていました。

 しかし、その姉に病魔が襲いました。ガンでした。手術がなされましたが、病状はもはや手遅れ。術後、数時間で命を落としました。

 その亡くなるまでの間、姉さんは、必死に叫んでいました。
「仏法を聞けよ、大変な世界があるんだから。とにかく仏法を聞いてちょうだい」
 それはもう、大変大きな声で、最後は声が出なくなるほど病室のベッドの上で叫び続けていました。とても、今死んでいく人とは思えませんでした。

 木造建ての古い病院です。その時は夜でしたから、病院中にその声は響いていました。「やかましいから、夜は静かにしてください」と何度注意されたことでしょう。それでも姉は叫ぶのをやめませんでした。

 残された時間、あるだけの声で、言える間は言わなくてはならない、と思ったのでしょう。母が「分かったから、もう言わなくてもいいから、黙っておいて」と止めましたが、それでも「みんな分かっていない。聴聞しなきゃならんよ!」と叫ぶのを止めませんでした。その後、しばらくして姉は息を引き取りました。

 以下は、その時の父の日記です。

 昭和四十四年八月八日、私の子供三女静枝が加藤病院で死んだ時、臨終の時の言葉にお父さんが先であろうと思って世話にあったが、私が先に参らせてもらいますからお父さん後から参って来てください、よい席を取って待って居りますからとの言葉であった。また子供二人が駆け付けてきたら、お前らはどうぞ聴聞を聞けよ聞けよと何回も大声で言って私の所へ参ってこいよと力一杯に今がいとまごいだと思うので一生懸命で、腹を割られたまんまで言った。それが言いたかったばかりだと言った。それからは、物をたくさん言わないで念仏して死んでしまったが、臨終に言った言葉はいつまでも忘れられるものではありません。
 私が参って行くのをお浄土で、さぞかし待って居る事であろうと思って居ります。南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏、合掌。

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もくじ

はじめに
墓石に刻まれた言葉
父の求道と「宝の玉」
「信」の話を求めて訪ね歩き
姉の信仰と死(1)
姉の信仰と死(2)
そして父にも病魔が襲う
寺の法話に参詣するものの
親鸞会との出会い
親鸞聖人のお言葉