浄土真宗の真実信心

浄土真宗の真実信心を求めて
〜そして巡り会った親鸞会〜

生死の苦海ほとりなし
久しく沈める我等をば
弥陀弘誓の船のみぞ
乗せて必ず渡しける
父が必死に伝えた親鸞聖人のお言葉を通して、是非知って頂きたいことを記します。

そして父にも病魔が襲う

 父に、再び病魔が襲いました。これもまたガンでした。当時、ガンの治療には大変なお金がかかり、農業を営む我が家にとって、とても手術できる費用など捻出できるものではありませんでした。私も含めて兄弟はみな働いていましたから、みんなでできる限り出し合って手術費を捻出しました。それでも足らず、「山でも売らなければならないか」と話をしていたのを思い出します。

 ところが、大学病院の担当医が、手術費用は全部出してくれることになりました。ただし条件付きです。死亡した場合、献体になって欲しい、とのことでした。その時父が言うには「私の行き先は、もう定まっています。この世で済ませることは既に済んでいますから、この身体はお好きなように切り刻んで下さい」とのこと。かくて手術がなされました。

 姉二人の例がありますから、みんなもう助からないだろうと思っていましたが、これまた不思議なことに病気は回復し、ぴんぴんに元気になりました。結局、献体になることはありませんでした。


大事な文字には圏点がつけられている
時には1ページすべてに圏点が

 

 それからというもの、父は相変わらず周囲に仏法を聞くことを必死に勧め、夜な夜なノートを書いていました。町の人で父を慕って訪れる人が、希望すればノートはどんどん渡していました。ノート1冊も馬鹿にならない値段でしたから、私は「お父ちゃん、誰にでも渡していないで、私にもノートをしっかり残しておいてよ」と頼んだものです。もちろん父は、自分の子供宛のノートをきちんと残していました。私宛のノートも、十何冊と残していました。

 そんな父が亡くなったのは、昭和49年のことでした。

 これから出かける死出の旅、妻や子供は枕の元で、涙ながらにいとまごい。目は次第に暗みかける。七珍万宝は蔵に満ちるとも益なく、妻や子供や眷属は枕元におれども、未来まで供なえず一人来たので一人行くより仕方はない。出かけるこの者に、力になって下さるは、拝む大悲の阿弥陀様。汝一心正念にして直ちに来れ、我能く汝を守らん。堕つる地獄は閉じてやる、参る浄土は開いてやる、心配せずにそのまま来いよと呼んで下さる勅命一つが千人力。いつ命終わるとも、御待ち受けの寂静無為の御浄土へ。

 自分の墓石は、生前に家の前の川原で見つけてきて、1つの言葉を刻んで用意してありました。

 生死の苦海ほとりなし
 久しく沈める我等をば
 弥陀弘誓の船のみぞ
 乗せて必ず渡しける

「苦しみの波の果てしない海に、永らくさまよいつづけてきた私たちを、必ず乗せてわたしてくだされるのは、弥陀の願船だけである」

 ウラには「我が子孫は、この文を胸に刻め」と一言添えてありました。いびつな形をした墓石に、何を刻んだのやら、我が家の墓はなんとも変わった墓だなと思ったものです。当時は分かりませんでしたが、それが大変なお言葉であったことを、その後知ることになります。

 最初に述べたように、死の床についても、言い続けたことは四つ。

  1. お前たちが地獄に堕ちるのを見るのがやるせなくてたまらない
  2. 1日でも1時間でも速く、真剣に仏法を聞きなさい。聞くといっても、居眠りしていたら何度寺参りしてもだめだ。
  3. 必ず信楽開発の身になれる。
  4. 極楽で、半座あけて待っているから、必ず来てくれ。

 これはもう、どうにも忘れることができない父の言葉です。

 次>寺の法話に参詣するものの


もくじ

はじめに
墓石に刻まれた言葉
父の求道と「宝の玉」
「信」の話を求めて訪ね歩き
姉の信仰と死(1)
姉の信仰と死(2)
そして父にも病魔が襲う
寺の法話に参詣するものの
親鸞会との出会い
親鸞聖人のお言葉