浄土真宗の真実信心

浄土真宗の真実信心を求めて
〜そして巡り会った親鸞会〜

生死の苦海ほとりなし
久しく沈める我等をば
弥陀弘誓の船のみぞ
乗せて必ず渡しける
父が必死に伝えた親鸞聖人のお言葉を通して、是非知って頂きたいことを記します。

親鸞会との出会い

 そんな中、平成元年の冬、自宅近くで浄土真宗親鸞会の法話案内のポスターを見つけました。まあ、どんなもんだろうか、寺の説教と変わらなかったらすぐに帰ろう、と軽い気持ちで会場に足を運びました。

 法話の内容は、「人間の実相」でした。お聖教のご文を一文字一文字解説する法話は、この時初めて聞きました。そして、信の一念でハッキリ救われる体験がある、信心決定の話を聞き、父の叫びがよみがえってくるのを感じました。

 父の死から、15年が経っていました。

 ここだ、ここなら父や姉が勧めた信心の世界を聞かせて頂ける。そう思って続けて聞くようになりました。そして、滋賀で初めて高森顕徹先生の法話に参詣することができました。あーっ、父と同じ、お父ちゃんと同じことをお話下さる方がおられた、と心が叫びました。

 一念で救うと誓われた阿弥陀仏の本願。信心決定、無碍の一道の世界。そして後生の一大事の解決。

 お金も地位も、財産も何もいらないから、とにかく真剣に聴聞しなさい、との父の口癖が思い出されました。父が命を削ってまで伝えたかったこと、姉が死の間際まで叫び続けたこと、それはすべてこの素晴らしい世界があるから求めなさいと私を押し出してくれていたのだと知らされました。嬉しかった、本当に嬉しかったです。

 沈むより仕方のない此の我々を此のまんま南無阿弥陀仏でお助け下さるのよ。其のまんまでよいから此の弥陀が其の心のままを引き受けてやるぞよと呼んで下さるのも知らず、知らず逃て行く我が心を何処何処までもあの弥陀が大願強力の弘誓の船でどうでも一度は仏にせずば、我正覚を取らぬと約束の上正覚を取り給うた故、必ず間違いないそよと呼んで下さるではないか。
 妻や、子供や、孫や、おすがりしなさいや、何ともよい有り難い法ではありませんか。嬉しや嬉しや何回も読んで聴聞しなさいよ、しなさいよ。どうでもこうでも救われますよ、救われますよ。弥陀のお力で南無阿弥陀仏で。頼むから本気になれよ、なれよ。先は近いぞ近いぞ、急げ急げ、寺へ参って聞けよ、聞けよ、聞法だ聞法だ。自分の思いでは駄目だぞ、阿弥陀さまのお心が我の心の中にお入り下さらねばつまらんよ。

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もくじ

はじめに
墓石に刻まれた言葉
父の求道と「宝の玉」
「信」の話を求めて訪ね歩き
姉の信仰と死(1)
姉の信仰と死(2)
そして父にも病魔が襲う
寺の法話に参詣するものの
親鸞会との出会い
親鸞聖人のお言葉