浄土真宗の真実信心

浄土真宗の真実信心を求めて
〜そして巡り会った親鸞会〜

このページでは、当サイトに寄せられた体験談を掲載しています。

寺で「後生の一大事」を聞いたことがない(2)

 そして昭和59年、東京で就職した次男から、電話で誘いを受けました。
「こっちで親鸞聖人のお話を聞いているんだ。高森顕徹先生という素晴らしい先生に出会ったんだよ」と言うではありませんか。そのお名前を聞いてハッとしました。

 高森先生の話を夫が聞いて、いいお話だと言っていた、ということを話すと、「エー、そうなんだ。じゃあ、母さんも聞いてみてよ」とのこと。

 その年の9月、東北に来られた高森先生の法話に参詣することができました。

 会場に入ってまず驚いたのは、正座して聞法する大勢の若者の礼儀正しいこと。そして何よりも、お聖教のご文を一語一語かみ砕いて話されるご説法の内容に感動致しました。

 帰宅後、門徒の葬儀で参詣できなかった夫や、北海道で役僧をしている長男にも電話で、このことを伝えました。
 夫は「ワシも聞きたかったなあ」と残念がりましたが、長男は、
「親鸞会?本願寺とは違う団体じゃないか。困ったもんだな」
と言い、弟に文句をつけるため、東京まで行ったようです。

 そこでは長男と次男が夜通しの法論をしたそうです。長男が「地獄に堕ちるなんて、蓮如の独断だ」と主張すると、次男は、「親鸞聖人も、『教行信証』に、もし弥陀の本願に救い摂られなければ、『昿劫を逕歴せん』、未来永遠、浮かぶことはなかったであろうとおっしゃっているでしょ」と切り返した。すると、長男は何も言わなくなったそうです。


 その後、夫は亡くなりましたが、私は富山県の親鸞会館へ参詣することができました。それからも聞法を続けるうち、「後生の一大事」の真意が知らされてきました。

 特に心に響いたのは、お釈迦さまが真実を説かれた『大無量寿経』の、

心常念悪  心常に悪を念じ
口常言悪  口常に悪を言い
身常行悪  身常に悪を行じ
曽無一善  曽て一善無し

のご金言でした。

 それまでは、後生の一大事は、強盗とか殺人とか、新聞沙汰になる犯罪者のことだけのことと思っていたのです。でも、心で思ったことも罪になるなら、毎日、どれだけ恐ろしいことを思っているか、私も地獄行きに違いない。後生の一大事とはこのことと、初めて分かりました。

 今は、門徒の人たちにも、仏教の小冊子を渡し、この後生の一大事を伝えるため、因果の道理を話すようにしています。

 長男も、親鸞会館に参詣したことがあります。最近は、私が「こないだも、次男と一緒に聴聞して来たよ」と言うと、本当の親鸞聖人の教えは親鸞会にあると、長男もうすうす分かってきたのでしょう、「いいことだ」って答えるようになりました。」

 思い出せば、夫が病に伏していた三年の間、次男は東京から毎月見舞いに来ていました。見舞いでは、いつも高森先生から聞かせていただいた親鸞さまの教え、そして後生の一大事について話をしていました。それを聞いた夫は、
「本願寺は、親鸞会のことを異安心だと言っているけど、一体どこが異安心か。本願寺こそ無安心じゃないか。情けないことだ」
と語っていました。

「後生は一大事だぞ」と言い聞かせてくれた夫の声が、今も聞こえてくるようです。どうか皆さんも、この尊い仏法を真剣に聞いていただきたいと思います。

 >前に戻る


もくじ

はじめに
墓石に刻まれた言葉
父の求道と「宝の玉」
「信」の話を求めて訪ね歩き
姉の信仰と死(1)
姉の信仰と死(2)
そして父にも病魔が襲う
寺の法話に参詣するものの
親鸞会との出会い
親鸞聖人のお言葉