浄土真宗の真実信心

浄土真宗の真実信心を求めて
〜そして巡り会った親鸞会〜

このページでは、当サイトに寄せられた体験談を掲載しています。

ここでは、親鸞会会員の方から頂いた体験記を紹介しています。

 

心は阿弥陀さままかせ、肉体は医者まかせ

 弥陀の救いを喜んでいた義母との思い出は、決して忘れることのできないものとなりました。

 義母と一緒に暮らしたかったのですが、主人の仕事の都合上、同居はできず、会うのは正月とお盆の年に2回きりでした。
 でも、帰省した3、4日の間は夕食が終わると毎晩、信心の沙汰が始まり、11時ごろ皆が寝始めても、私は義母の話に夢中でした。雪が深々と降る夜には、差し向かいでこたつに入り、気がつくと夜中の2時、3時。時のたつのも忘れて聞いておりました。

 白い画用紙にボールペンで縦と横の線をかいて、「本当にこのとおりやっさー」と、一念の体験を話してくれたり、また、「これ以上、尊い方はない」と善知識の尊さも聞かせてもらいました。

 語り尽くせぬいろいろな思い出がありますが、深く心に焼きついているのは、62歳で義母が食道ガンになった時のことです。ノドの異常に気づいた義母は一人病院を訪れ、開口一番
「もしガンであっても、家族や兄弟には内緒にして下さい。心配かけたくないですから」
と医者に話したそうです。その後、あと数カ月の寿命と知った義母は、病気を家族に秘し、身辺整理を始めたようです。一切済んで入院の三日前には、親鸞会の講師を迎え、最後の法話会も開かれました。

 それにしても、死を覚悟しながら、母の姿は、とても考えられない堂々としたものでした。見舞いに行った私たちが悲しんで泣いているのを諭すかのように、ニコニコした笑顔で、
「私は心は阿弥陀さまにまかせ、肉体は医者にまかせているから、大安心です。こうしてベットに横たわっていても満足一杯で楽しいのですよ。皆さんも早くこういう身になって下さい」
「泣かんでもいいのやよ。私はここへ"お産"をしに来たようなものだから、赤飯炊いて喜んでくれなあかんのやさ。こうしていても幸せが込み上げてくるんやさー、不思議やさなー」
と言うのです。とても義母の心の中は、うかがい知ることもできませんでした。

 また、車椅子で散歩に出た時も病室でも、思い出話に花が咲き、ワハハ、ワハハと笑い声が聞こえてくるのです。末期でありながら、どうして?と医師も看護師も不思議がっていました。

「親鸞聖人のみ教えに狂いはないのやさー」。口癖のように言っていた、懐かしい飛騨弁が思い出されます。いつも聞法心を燃えたたせてくれた、忘れられない義母でした。

「高森顕徹先生から離れるなよ、離れたらだしかん(いかん)」と遺言した義母。今日まで、その言葉を忘れたことはありません。

 

義母の手紙より

合掌
 大広間一杯の参詣の方々と共に三日間聴聞させて頂きました。高森先生は何時もと変らぬ、明るく、たくましい御説法に心より感動させられました。

 東西本願寺を始めすべての仏教徒からの総攻撃の真只中にあって、真実を叫び続けて下さる高森先生から聴聞する度に一層深く思わせて頂きます。五逆罪、法謗罪の止まない私、罪業の固まり、石は沈むが自性、大小に非ず、大盤石でも船という縁により向う岸に渡すことができる、この御本願の中のおいわれを知らせて頂けるのも善知識なればこそであります。

 法鏡の前に座らねば真実の自己も判らず、後生の一大事も判らず、無間地獄へ堕ちるところでした。奇しくも高森先生に遇わせて頂けたのも只々不思議より外ありません。若し、万一時代がずれていたら、聞くことも救われることもできなかったのです。そう想うと一人でも多くの人々に後生の一大事あることを教えてあげて、親鸞会に導くことに努力致しております。

 こんな愚かな私が阿弥陀仏の広大な大慈悲を心に浴びた時の私の慶び、この体験、どうしてどうして救われたのでしょう。不思議で不思議でならないのです。

合掌
 始めお一人が三人と、次々と弘まった今日の親鸞会の発展ぶり、特にこれからが頼もしい限りです。

 真実の法灯を消すことなく、一人一人が頑張るところと確信致します。ただし浄土真宗の繁昌は大勢の人の集ることではなく、一人でも多く信心を獲ることだと常におきかせ下さいますが、聴聞することも自分を玉にキズにせず、キズに玉の自分にならせて頂くことが肝要だと手を打ちたいおもいでした。
 他力の信心は泥沼の極悪人の心の中に咲く花だからです。一人なりともこの妙味を知って頂きたいお心一杯の、高森先生の御心中が痛いほど分かります。

 無常は刻々と迫り後生の一大事はのがれられません。今生が宝の山です。信心獲得を急がねば地獄へ堕つることしか出来ない私に、むち打って下さる善知識がなつかしいのです。

 


親鸞会 会員の声

心は阿弥陀さままかせ、肉体は医者まかせ
「一向専念よ!」と母は遺言した
寺で「後生の一大事」を聞いたことがない


もくじ

はじめに
墓石に刻まれた言葉
父の求道と「宝の玉」
「信」の話を求めて訪ね歩き
姉の信仰と死(1)
姉の信仰と死(2)
そして父にも病魔が襲う
寺の法話に参詣するものの
高森顕徹先生との出会い
親鸞聖人のお言葉